Art and Face

アートの輝きを見つけるブログ

新作油彩

亀より遅く制作が進んでいるわけですが、新作ができました。
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最初は、森のなかに孔雀とライオンがいるという絵を描いていたのに、いつの間にか生き物なのか現象なのか分からないものを描いていました。

意志があるものを描こうとすると、途中でなんかしっくりこなくて変えてしまう。

とりあえず私が想定油彩で最後まで描けたものは、

花(椿とばら、コスモス、ゆりなど)

石(半透明なことが多い)

水(淡水)

山(よくとがっている)

空(濃い色のがしっくりくる)

ぐらいかな。

 

紙に描くと生き物も描けるのにキャンバスだと生き物が難しい。

なぜなのだろうか…。

 

キャンバスって地が濃いから、簡単に絵が沈んでいかない。何ども重ねないと難しい。

でも生き物は息をはくみたいに産み出さないと生きてるように感じない。

 

だから描けないのかも。

 

でも油絵は絵の具を重ねまくると石とか木とか、炎とかが生命力を持ったみたいになる。

 

それもいい。

別々に作るしかないのだろうか。

 

 

 

旭山市旭山動物園



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この秋、念願だった旭山動物園に足を運びました。旭山動物園では、職員の皆さんが常に「動物と人間は同じ世界の生き物であり、共存していきていかなければいけない」ということを繰返しお話ししてくれ、プロフェッショナルさを感じました。

旭山動物園の展示工夫は「行動展示」と呼ばれているようですが、本当にビックリするほど動物たちがイキイキと、そして壮大で美しかったです。

 

モグモグタイムでは動物たちのご飯を食べる姿を見ましたが、その動物に合わせた宿舎での餌やリは実に動物たちの本能を感じさせてくれました。

餌をとるために雄大に泳ぐシロクマ。大きな白い毛並みが波打つ姿。

 

魚をマルのみするペンギン。

飼育員の方の言うことを聞かず自由に振る舞っていました。

アニメ映画「ハッピーフィート」で動物園に入れられたペンギンがドンドン心を病んでいく姿を見てから、どこの水族館、動物園でも「あのペンギン病んでる」という風にしか見れませんでしたが、旭山動物園のペンギンは楽しそうにしているように感じました。


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ヒョウが自分の頭の上にいたときはびっくりしましたが、予想以上のモコモコに驚愕しました。
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 また虎の子どもたちも母親にじゃれついていて、かわいかったです。幸せそうでした。


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次は札幌の円山動物園にもいってみたいです。

 

「動物園」という存在が本当に正しいのかどうか、楽しく訪れている反面、いつも疑問です。

 

しかし、動物園に行くと楽しいし、「なんか人間だけじゃなくて良かった」という気持ちになれます。

とりあえず動物園が私は好きだ。しかし狭くて可哀想だ。旭山動物園だって、やっぱり狭い。より動物たちがイキイキと過ごせる環境としてどんどん発展して欲しい。



 夜はジンギスカン食べました。
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イラン ミーリー絨緞✖大磯世代工房 くらしに活きる織物の美

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10月24日(日)、大磯世代工房の企画展 「くらしに活きる織物の美」を拝見してきました。
大磯世代工房はこのブログでも過去に紹介している象鯨美術学院の西村浩幸先生の工房です。象鯨美術学院と併設しています。
過去記事→http://tkhskor.hatenablog.jp/entry/2015/07/25/201158
こちらで一昨日金曜日から開催されている「くらしに活きる織物の美Ⅶ」は世界的に有名なイランのミーリー絨毯を展示販売しています。ミーリーとはサファヴィー朝期の絨毯制作の伝統を復興させた絨毯工房です。

伝統に添った絨毯はどれも美しく、歴史を感じさせるロマンがありました。
全て草木染めのため劣化も少なく、三世代の持ち物にできるミーリーの絨毯。
お客さんは途切れることなく訪れ、西村浩幸先生と奥様でシルバーアクセサリー作家の西村elisa嘉代子さんの絨毯やミーリーについての解説を熱心に聴いていました。嘉代子さんの絨毯一枚一枚の解説は実にわかりやすく、絨毯の魅力をさらに引き出してくれるようでした。
絨毯のモチーフはさまざまで、草木から動物、日常の道具など…。その一つひとつが喜びに溢れていました。
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どれも美しく、いつか一枚購入したいと思いました。
大きなものとなると値段も張りますが、玄関マットなどなら私でも手が届くような値段のものもありました。
頑張っておうちにひけるようになりたいと思いました。
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会期
平成28年10月21日(金)~10月30日(日)
開館時間 11時~17時
10月24日(月)、25日(火)休館
場所
大磯世代工房
神奈川県中郡大磯町高麗2-9-3
http://www.sedaikobo.com/access/index.html

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「考えは言葉になり」 最近思考したこと

涼しくなってきた今日この頃、秋の虫の声も聞こえるようになりました。

 

三連休は映画を見て過ごしています。

数本の映画を鑑賞しましたが、その中で『マーガレット•サッチャー 鉄の女の涙』でサッチャー首相の名言を知ることができました。

「考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格は運命となる。」という言葉です。映画を見る前ににも、なんとなく聞いたことがある言葉だったので、有名な名言なのだと思います。

こういった言葉が出てくるあたり、行動力があり、厳格な方だったのだろうということが伝わってきます。

 

これを聞いて思ったのは、私は「考えを言葉に」していることが多い人間だと思ったことです。

人間関係の中で、自分の主張をはっきり述べるので、衝突を生むこともよくあります。

(「言い方」が衝突の原因になっていることも多いので、そこは直さなくてはですが…。)

「考えは言葉になり」

サッチャーの言っていることとは少し違う気もしますが、私はよくおかしいと思ったことを「おかしい」と言います。また「それはできません」「ここを変えてください」など、拒絶の言葉もよく口にします。

 

しかし私の感じている「おかしい」「できない」は本当に「おかしく」「できない」ことなのか…。確信が持てず、再考することもあります。

私の考えている「おかしい」は本当に「おかしい」のだろうか?

私の考えが甘いだけなのではないだろうか?

 

そういったことを考えているとき、多摩美術大学である絵画の教授から聞いた話を思い出しました。

「芸術家はカナリアである」と言う話です。

洞窟や炭鉱に足を踏み入れる際に、昔(今でもという情報もあります)はカナリアを籠にいれて一緒につれていったそうです。なぜならカナリアは毒ガスなどに敏感で、人間よりも早く症状が現れ死んでしまうからだそうです。弱いカナリアが人間よりも先に、危険を知らせてくれるということです。

「芸術家はカナリアである」というのはこのカナリアにちなんで、「私たち(芸術家)は危険をいち早く敏感に感じている人々なのだ」ということです。

確かに芸術家になる人、なりたい人、興味がある人は、もともと感性が豊かであり、敏感で、考え方によってはとても弱い人間だと私は思います。

人の言葉に傷つく、自然を見て感傷的になる、自分のあり方にいつも迷いを持っている。だからこそ、表現できるし、表現することで自分の存在を保っています。

争いが嫌いであったり、人との駆け引きが苦手な人も多い印象です。(もちろん一概には言えません)。

 

しかし弱いからこそ、自分の主張をはっきり言う(もしくは作品に込める)人も多いような気がします。

政治批判や戦争批判、社会への批判。

 

あくまで、一つの仮定ですが、

私は本当に強い人は批判をあまり口にしないと思います。

強い人は強い人だからこそ、批判される側に身を置いていることが多いような気がするからです。

逆らわず、ただ黙って、目的を果たし、出世し、人を管理する立場に身を置いているのではないでしょうか。

 

芸術家は批判をする割には、「では自分が政治家になろう」「力で正そう」などは考えないし、やりません。そんな環境に耐えられる強い人間ではないからです。

 

しかし、「これがおかしい」「これがやだ」と叫ぶ芸術家はただの弱い人間かというと、それだけではないと思います。

強い人が気づけない、気づかないうちに犯している過ちを敏感に察知しているカナリアなのです。

 

その点、もしかしたら私も(曲がりなりにも芸術を勉強してきた立場の人間なので)、他の人よりも危険を敏感に感じ取っているのかもしれない…。

 

手前勝手にそう思ってみたりもしました。

 

しかし、本当にただ文句を言っているだけでは、ダメだとも思うので、「考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格は運命となる。」という名言通り、

 

言葉を行動にうつし、習慣にできるように頑張らなくていけないですね。

しかし、そうするとやはり意見が合わない人とは、対立が深まってしまうのかもしれません。

ここは芸術を学んだ人として、自分を上手に表現しなくてはいけないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地味に作品サイトを更新

tkhskor Official Website

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地味に2016の絵を更新。亀よりのろく制作中。以前は円を描くように挑戦していたけど、最近は線を描くように挑戦中。

東京駅にて「12 Rooms 12 Artists UBSアート・コレクション」を見に行きました

先日、東京駅内にある、東京ステーションギャラリーに行きました。

入場料は1000円、少し高めですね。900円ぐらいにして欲しいと思います。

宣伝ポスターが「ルシアン・フロイド」。

ルシアン・フロイドはよく書店の画集等では、見かけますが本物を見たのは始めてでした。

この展覧会を見る少し前に、自分でもヌードクロッキーを久しぶりに行ったばかりでした。毎日続けていた学生時代に比べると、形を取る力が全くなくなっていましたが、やはり人体を描くというのは、興味深い主題です。

今回、鑑賞したルシアン・フロイドの作品は油と版画作品。

エッチング?の線が、誠実で綺麗でした。「上手いね!」というよりは、確実な現実感を追っていて、嘘がないような描き方に見えました。

油の方もしつこく輪郭をおっているようで、重厚感がありました。

(しかし以外に最低限の動きの中での、重厚感かもしれません)

 

個人的にいつも油で絵を描くと、鉛筆や水彩で出せるような、線作業や軽快さが出せなくて、ねっとりした絵になるのが悩みでしたが、それは「ルシアン・フロイドでも一緒だな…」と思いました。

もちろんそれが、いいのか悪いのかはこじんのやりたいこと次第だと思いますが。

ルシアンフロイドに関しては、グッズコーナーに伝記が売っていて、ものすごく面白そうだったのね、いつか購入したいですね。

 

また収穫だったのが、エド・ルーシェイの作品です。

素晴らしく美しい作品でした。デザイン的な要素を作品として魅せていて、完成度が高いですね!

画像でみると簡素になってしまう、作品タイプなので、生で見るべき作品でした。

 

他にも、良い作家、有名な作家などいろいろな方が出ている展覧会でした。

 

一点、気になったのが、東京ステーションギャラリーのレンガの壁なんですが、

すごくぼこぼこしていて、少し気持ちが悪い印象です。

アクの強い作家の作品をあそこに飾ったら、私は鑑賞に堪えられないと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

www.ejrcf.or.jp

国立西洋美術館 カラヴァッジョ展(CARAVAGGIO)ルネサンスを超えた男 感想

  • 日伊国交樹立150周年記念のおかげででカラヴァッジョを見れました!

 

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  2016年4月23日(土)に上野の国立西洋美術館「カラヴァッジョ展 ルネサンスを超えた男。」を鑑賞しにいきました。

 上野駅に到着したのは、16時45分ごろ、土曜日だったので入館は17時までというギリギリの到着でした。

  ある程度は込み合っていましたが、長期開催だからか並んでいたりということはありませんでした。カラヴァッジョの展覧会としては人が少ない気がして、拍子抜けしましたが、空いていることに超したことはないので良かったです。

  すでに鑑賞した周囲の評価も高く、とても期待していた展示でしたが、入ってすぐ作品から発せられる重厚な雰囲気に圧倒されました。作品が空間を支配していましたが、絵画好きとして居心地がよく感じました。

 以下に展覧会の様子を詳細に書いていきますので、鑑賞前にあまり詳しく知りたくない方は読まないでください。

 

 「カラヴァッジョ展」ですが、カラヴァッジョ(Michelangero merisi da Caravaggio)の作品の他に、カラヴァジェスキ(カラヴァッジョの作風を真似た追随者)の作品が8割ぐらい出ています。カラヴァッジョの作品は51枚中12枚でした(公式が傑作11枚となっているのはエッケ・ホマを抜いていると思われる?)見比べなども十分できて、見応えがある展示です。

 描写がいいのはもちろんだが、一番好きだったポイントは構図

 私が一番いいなーと思ったのは、「バッカス」(1597−98年頃 ウフィツィ美術館所蔵)です。表情とか、小太りな感じとかは少しイラつく人物ですが、グラスになみなみと注がれたワイン、髪飾りの豊かさなどが、見ていて気持ちがいい作品です。

(下記作品のリンク先は「ファッションプレス」のカラヴァッジョニュースより

 また「ナルキッソス」(1599年頃 バルベリーニ宮国立古典美術館)も斬新ですごいと思いました。水に手を入れる仕草、表情、手や膝の凹凸、質感の描写など、バランスがよく見えました。

 どれも描写がすばらしいのはもちろんでしたが、何より構図がすばらしいと思いました。(または形の選択がすばらしいともいえる?)人物を描く際の切り取り方が、プロフェッショナルです。カラヴァッジョは下書きをしないで描いていたそうなので、画面と対峙する中で、経験や才能から生まれる五感を駆使して完璧な構図を生み出していたのではないかと感じました。

エマオの晩餐」(1606年 ブレラ絵画館)も自然な光が美しいですが、やはり構図がすばらしいと思いました。「洗礼者聖ヨハネ」(1602年 コルシーニ宮国立古典美術館)も最近のジャニーズみたいな顔立ちで、可憐で良かったです。

 構図が悪いと絵を描いているとき、とっても描き難く描写が進まないと思います。また魅せたいポイントに順番や順位がついていないと、鑑賞者も目が定まらないと思います。その点、鑑賞者にまったく不快感を抱かせない、切りのいい構図で、描写の美しさを完璧にアシストしています。カラヴァジェスキと並べたときに、やっぱり構図の良さが高みに押し上げている気がしました。

カラヴァジェスキたちの作品も楽しい

 カラヴァッジョがいいのは、もう分かっているのですがカラヴァジェスキの中にも、すばらしい作品が多くありました。

  ジョゼペ・デ・リベーラ(Jusepe de Ridera)の「聖ペテロの否認」は登場人物それぞれが画面の中で役割を持って、活き活きと描かれているのが素敵でした。

 バルトロメオ・マンフレーディ(Bartolomeo Manfredi)の「キリストの捕縛」(1613−15年国立西洋美術館)も質感がリアルで見応えがありました。

  カラヴァジェスキたちにもさまざまな個性があり、好き嫌い、善し悪しなどを感じながら見てみると面白いです。ギリギリにいったせいで、後半をしっかりみれていないので、会期中にもう一度行こうと思います、

 世界初公開の「法悦のマグダラのマリア」があるので(まだ見てない)、講演会など関連イベントも開催されていたようです。知っていたら行きたかったですね。バロックが基本好きなので、満足度の高い展覧会となりました。

 

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<以下展示コーナー別 カラヴァッジョの作品

  • Ⅰ 風俗画:占い、酒場、音楽 Genre Painting:Fortune-telling,Taverns,and Music

「女占い師」

  • Ⅱ 風俗画:五感 Genre Painting:The Five Senses

「トカゲに噛まれる少年」

ナルキッソス

  • Ⅲ 静物 Still Life

「果物籠を持つ少年」

バッカス

  • Ⅳ肖像 Portraiture

「マフェオ・バルベリーニの肖像」

  • Ⅴ 光 Light

「エマオの晩餐」

  • Ⅵ斬首 Decapitation

「メドゥーサ」

  • Ⅶ 聖母と聖人の新たな図像 New Iconography for the Virgin and Saints

「洗礼者聖ヨハネ

「仔羊の世話をする洗礼者聖ヨハネ

「法悦のマグダラのマリア

  • ミニ・セレクション:エッケ・ホモ

「エッケ・ホモ」